田中菜美子 プロフィール

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はじめまして。

田中菜美子と申します!

ここではわたしの生い立ちや、どんな経験や生き方をしてきたかを書いてみようと思います。

 

生まれも育ちも浅草の江戸っ子気質

1982年 6月6日 2:22 産まれ。

ゾロ目です。

浅草生まれ、浅草育ち。

毎年三社祭では欠かさずお神輿を担いでいたチャキチャキの江戸っ子。

 

幼少期の時からやんちゃでかなり我が強く、男女問わず友達を泣かせてしまう事もしばしば。

先生に呼び出されて怒られても、私は悪くない!と言って絶対に謝らない。( ̄▽ ̄;)

 

どこか大人びているところもあって、先生の表の顔と裏の顔とかが分かってしまい、

人気者の先生とかにも距離を置いてなつこうとしない、全然可愛くない子供でした。

 

3人きょうだいの真ん中で、大らかでとにかく優しくてお勉強もできる姉(私はこんな姉を何回かブチ切れさせた事がある…^^;)と、頭のキレが良いカルい感じの弟がいます。

 

とにかく真面目で、超絶厳しくも超絶優しい両親に愛情をダバダバ浴びせられて育てられた。

うちは飲食店を経営しているけど、飲食店の稼ぎ時である『土・日・祝日』を定休日にしてまで家族の時間を大切にする両親の意向で、とっても仲のよい幸せな家族でした。

 

そんな幸せな家庭内をトラブルでざわつかせるのは、大抵私。

きょうだいで私だけ超マイペース、いつもぶっ飛んだ事をするので、家族には気苦労と心配ばかりかけてきました。

 

荒れ狂う思春期

保育園、小学校でもやりたいほうだい

子供の頃は友達ともよく喧嘩した。

友達を泣かせてしまった事もしばしばある。

 

自分がこの人筋が通ってないと感じると友達にも先生にも食ってかかったり、無視したり。。もう最悪。(暴力はふるいません)

その時の私に、「まずお前が完全に筋通ってないけどな。」と言ってやりたい。

 

でも謎に正義感だけは強く、いじめられてる子がいたら、よくいじめっ子のボスを呼び出して怒ったりしてました。←何様

自分も友達を泣かせてたくせにね。。

自分に甘くて人には厳しいという典型的な最低なやつだったな。笑

とにかく私の世界には怖いものは何もなかった。母親以外は。

 

今は亡き母親は、バカ真面目で超絶厳しく、でも誰よりも愛情深い人だった。

めちゃくちゃ恐いからいつもビクビクはしていたけど、何をしても絶対守ってくれるだろうという全方位の安心感と、この人の言う事を聞いて生きていけば間違いはないと信じて疑わなかったです。

とにかく私にとって母親は絶対的な存在。

 

私は自己主張がハンパなかったので、家族で一番母と喧嘩してたけど、母に一番精神的依存をしていたのも私だと思う。

中学生でおばあちゃんち送りに

思春期の時には反抗期がとにかくひどかった。

大人になってから、あの時の私って家族から見てどうだった?と聞くと、

姉からはヤバいやつだから本気で関わらない様にしてた。

血をみる程の攻防を繰り広げていた弟からはあの時はマジで人間じゃなかった。と言われます…

ちなみに両親からは、深いため息のみしか帰ってこなかった…(。-_-。)。

 

でも見た目はヤンキーとかじゃなく、どっちかと言えば清純派の方だったからなんだか余計にヤバい奴だよね。

裏番とか噂されてたのが耳に入った時はウケました。^^;

 

反抗期で荒れ狂う私のせいで難病で苦しむ母に余計なストレスがかかり、ますます病状を悪化させない為に(母は主治医の先生にストレスはかなり悪化の原因になるので本当に避ける様に。と言われていた)、父と母はある決断をしました。

中学生にして、反抗少女、ひとりおばあちゃん家送りに。

しばらくの間、おばあちゃん家から中学校に通っていました。

 

引っ越しの時におばあちゃんちまで荷物と共に送ってくれた父(父はきょうだいの中でも私を一番気にかけてくれていた。バカな子ほどかわいいっていうやつだと思う)のなんともいえない表情は今でもすごく覚えています。

あの時の私は、そんな見たことがないような父の顔を見て見ぬふりしてヘラヘラしてたけど、内心は、「あ…、とんでもない事をしてしまったのかも…」と思った。

でも、謝るなんてかっこわるいし、意地もあるし、もう後には引けなかった。

なんだかんだいっても賑やかなうちの家族は好きだったので、見たくもない相撲中継をおばあちゃんとおじいちゃんと黙って見てる時は、なんだかちょっと淋しかった気がする。

高校では牧場送りに

高校に入っても私の反抗期はおさまらず(~_~;)、今度は福島県の酪農牧場送りに。笑

小さい頃から動物が異常に好きなので動物に囲まれ牧場の仕事をして生活していれば更生するかもしれないという両親の愛により。

夏休みの間、ひとり住み込みで働いていました。

親元離れ牧場の蔵をお借りして居候し、まだ朝日が登らない暗いうちから何十頭といる牛の世話をして乳絞り。

日中はおばあちゃんのお手伝いで草むしりを一緒にしたり、犬や猫や牛たちとたわむれたり。

夕方になるとまた牛たちのお世話と乳搾り。

 

体力が無いのか単純にぐーたらだからか、家でも学校でも一日中寝てばかりいた私が、牧場では楽しすぎて動きっぱなしでも全然疲れなかったのが不思議です。

楽しそうに喜んで朝から晩まで働く私に、牧場のみなさんはとっても感謝してくれました。

やる気が伝わったのか、普段よその人には任せない、重要なお仕事まで教えて頂いたりして。

 

「こんな自分でも役にたつんだ…!」

私はなんだか嬉しくなりました。

 

みなさんはとっても優しいし、とにかく動物に囲まれていることが楽しすぎて1日があっという間で天国の様な場所でした。

で、まんまと牧場で更生して帰ってきた私。笑

どこの誰だか分からない赤の他人の問題児高校生を、電話一本で事情を知った上で受け入れてくださった福島の牧場の皆様には今でも本当に感謝しています。

試行錯誤してどうしようもない私をなんとか更生させようとしてくれた両親にも感謝しかありません。

自信満々からの人生初の挫折

願いは全部叶う

とにかく私はお勉強が大嫌いでヒドイ成績でしたが、体育、美術、音楽だけはなぜかすごく得意で。

小・中学では台東区全ての学校の速い人だけが選抜され学校対学校で戦う、連合陸上大会と連合水泳大会には毎年必ず選ばれてそれなりの成績を納めてきたりしました。

今となってはワンブロック走るだけで息切れするけども。

 

体育は好きと言うより、勝手にできちゃう『得意』と言うだけだったのに対し、美術は得意でもあるし『大好き!』の分野。

ずーっとやってても飽きない。

 

小さい頃から学校の作品は毎年区展や都展に選ばれていたし、親が才能を伸ばそうと色々なコンテストに応募してくれたのもあってよそでも賞を沢山頂いた。

欲しかった自転車やテレビなど、賞品として手に入れたものは沢山。

 

楽しんでるだけなのに、めちゃくちゃ褒めてもらえて欲しいものまで手に入るなんて、最高!

私はすっかり「自分は人より美術の才能があるんだ!これで食べていける!」と思い込みました。

 

その流れで、高校は

普通科目が限りなく少なく、ほとんどが美術の授業という私にとっては天国のような高校、都立工芸高校(アートクラフト科)を志望。

 

学校見学に行った時に校舎の洗練されたデザインと自由で奇抜な在校生のみなさんの輝きに、私は一目惚れしました。

その場で「私は絶対ここに入る!ここにしか行きたくない!」と決めました。

 

中学の進路指導の先生に第一希望の「工芸高校」とだけ書いて渡すと。。

先生「・・・あのね、残念ながら実際問題、菜美子さんの成績だとまず工芸高校は受からないから、第二、第三希望も書いて。」

と言われた。

 

「ここしか行きたくありません。」

 

先生 「(^_^;)…でも、あなたにとって相当厳しいレベルの高校1つだけを受けるのはかなり無謀な事だから、受からなかった時の為に、滑り止めに他も受けないと…。高校行けなくなっちゃうんだよ。」

わからんちんの5歳児を諭すように先生は言いました。

 

私 「他の高校だったら、受かったとしても行きたくないからどうせ行かないし、書きません。」

 

先生 「・・・(~_~;)。 受からなかったら、どうするの??」

 

私 「どこかに住み込みで働きます。」

 

先生 「(・Д・;)・・・

・・・も〜…じゃあ、推薦を取れるか見てみるよ・・・(~_~;)

自分が一番よくわかっていると思うけど、あなたの5教科の成績じゃ全然足りない。

ただ、あなたは毎年連合陸上や連合水泳に選抜されて活躍したり美術や習字でも毎年賞をとってたから、内申点で推薦できるかもしれない…。

でも、ただでさえ倍率が高い学校な上に推薦枠(面接のみ)で受かる人はほんの数名だから受かる確率は限りなく低いよ。

あなたの成績だと一般の試験の方ではまず受からないと思うから、どうしても滑り止めなしで行くなら工芸高校の推薦に落ちてしまったその時点で高校は行けなくなると思って覚悟してください。」

 

と、かなり心配した様子で先生方からいわれた。

中学の先生だけでなく、塾の先生からも親からも、誰からも「無謀だ。」と言われた。

 

大人たち全員にそう言われても、なぜだか私は

 

え、私は絶対受かるし~(*^-^*)。

 

と根拠がまったくない自信だけはあった。

 

結果、合格

 

私の思い込み力からの現実想像力は半端ないのだ。

初めての挫折

が、しかし!!

入学できたはいいけど、瞬時に周りのみんなの美術のレベルの高さに愕然とした。

私は今まで美術が得意と思ってたけど、世の中には上には上がいるんだ・・・

この道でたべていくのは無理だ・・・

そう思いました。

 

こうして16歳にして人生初めての大きな挫折を味わう事に。

 

今思えば、才能はあるんだから諦めずにもっと学んだり練習すればいいだけの話だったんですが、その時の私は『自分が頑張ってもたかがしれてる』と咄嗟に諦めてしまったんです。

今思うと、頑張るという事が苦手な私はあの時、そのフィールドから逃げたんですね。

(後に、「私はやっぱり絵を描く事が大好きだ」と思い、日本画教室に通い出す事になります。)

 

あらためて高校から先の自分の進路を考えた時に

やっぱり小さい頃から大好きな動物系の仕事につこう。と思う様に。

ガラッと動物関係へと進路を変え、動物看護師とトリマーとして楽しく働いていました。

小さい頃から意外とモテる。超恋愛体質。

私の人生を語る上で欠かせない事は、恋愛。

 

子供の頃から恋愛体質で、今の今までほぼ休むヒマ無くどっぷり恋愛をしてきました。

私は常にドキドキワクワクする対象が絶対に必要。

それがテレビの中の人だろうがドキドキワクワクしていればいい。

とにかく常に誰かにときめいてないと生きていけないらしい。

 

あと、私は別に特別可愛いわけでもないのに小さい頃から不思議と結構モテた。

同年代の人だけじゃなく実は男の先生にも特別扱いをされたりしていて。笑

 

真面目な優等生からヤ○ザまで幅広いキャラに好かれるのはなんでだろうと思って考えた事があったんだけど、

そのワケは、たぶん

「誰にも媚びる事なく正直に自分らしく生きているから」。

たぶんこれにつきると思う。

みんな、きっと正直な自分を生きたいんだな。

 

恋愛遍歴はというと、、ヤバいね。変わってるね。とよく言われます。笑

幸せな?結婚生活からの駆け落ち

29歳で大好きな人と結婚。

運良く浅草の実家の近くに2人で住むには広すぎる一軒家も買えて、仲良く幸せな毎日を過ごしていました。

 

が・・・。

 

結婚して5年がたったころ、本当にひょんな事から今の彼と出会ってしまい、何故だか不倫の仲に。

 

ちなみに私はずっと、不倫する女の人、信じられない!不倫なんてなんでするんだろう。と思ってた人間でした。 ←おい

彼も普通に真面目で今まで不倫をする様なタイプでは全くない。

今は不倫を肯定も否定もするつもりはないけど、自分が当事者になって初めて、その人達にしか分からない色々な何かがあったんだな。という事が痛いほどわかりました。

 

しばらくして彼が『ツインレイ』というものだと分かった時には、自分の中でものすごい葛藤がありました。旦那も本当に大好きだったので。

この人が『ツインレイ』か…

 

それからあっという間に不倫がバレて。

私が先に家を出るまで、バレてから約5ヶ月間は旦那と一緒に住んでいましたが、その間、ふたりで話しに話し、お互いに自分の正直な気持ちをひたすら伝えました。

 

「私は今回の事を、1ミリも後悔していないし、申し訳ないとも思っていない。」

「あなたは大好きだけど、この先の人生では、一緒にいる人じゃない。」

 

とにかく最後まで旦那に対する気持ちを正直に相手に伝える事が私にとっての愛でした。

こうなった夫婦関係の細かいことや経緯は、ありすぎて&複雑すぎて書くと長くなるからまた改めて書こうと思います。

5ヶ月間、お互いにこんなに泣く事は後にも先にもないんじゃないかってくらい泣いたな。

結局旦那には彼から200万円+私から200万円、計400万円慰謝料を払い、示談で離婚が成立。

 

私は大好きな旦那も、こだわりの家も、家族も(カンドウされた)、地元も、お金も、全部を捨てて、新しい人生を始めようと決意しました。

ツインレイ統合と気づき

ツインレイ統合の時は色々ありすぎて本当に辛すぎて死ぬかと思いました( ;∀;)。

どうしたらいいのか分からなくて、毎日号泣している日々。

 

あの時の私が欲しかったものは、
ツインレイ統合先駆者の実際のお話やアドバイスでした。

 

私は自力でなんとか統合できましたが、あの時にツインレイの話が分かる方にアドバイスなどを聞けたらどんなに励まされたかと思います。

なので私は自分の経験を生かして
今まさにツインレイの問題やパートナーシップの問題で悩んでいる方、辛い想いをしてる方のお役に少しでも立てたらいいな…。
と思うようになり思い切ってこの活動をはじめました。

 

実は私は自他共に認める愛情深い人間。

私の愛にふれる事で、クライアントのみなさんが自分の中の愛や今世産まれてきた意味を思い出して本当の自分で幸せに楽しく生きるようになっていく姿を見ていると自分の事のようにとっても嬉しいんです。

そして、本当の自分で生きる事でひとりでも多くの方がツインレイ統合する事を心より願っています。

 

私の人生書ききれないほどの事件がありなかなかの波乱万丈な人生でしたが、自分の過去は一つ残らず全て必要な事だったと思っています。

もちろん、ああしておけば良かったな…こうしておけば良かったな…と思う事は山ほどありますが、

辛かった事も、楽しかった事も、全てが学びで今の私を作っています。

 

今、私は幸せです。

ツインレイの彼と一緒になった事で、より自分らしく魂に嘘をつかないで生きられるようになりました。

 

私のブログやセッションでは、私が実際に経験した事、その時感じた事をそのまま素直にお伝えしています。

私の経験や想いが少しでもあなたの参考になり、ますます幸せな人生を今世共に生きれたらとっても嬉しいです!

どうぞよろしくお願いします(^ν^)♡

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